新時代の町村

更新日:2022年12月21日

『ところざわ歴史物語』
86から87ページ(4章3節「大区小区制と合併」)/92から95ページ(4章6節「所沢村から所沢町へ」・4章7節「新町村の誕生」)に掲載

新時代の町村

明治6年、政府は小規模村落合併の方針を打ち出し、これにより市域でも神米金村、山口村、上山口村、北中村、北岩岡村の各村が成立しました。さらに、明治中期の市制町村制公布により、村々は合併を重ね次第に今の形へと近づいていきます。

一方所沢村は、明治14年に「所沢町」となりました。幕末期以降商業を営む者も増え、ことに明治維新以降は未曾有の発展を迎え、「町」の名にふさわしくなっている、という趣旨が、県庁あてに出された文書に記されています。
写真は、明治16年に明治天皇が飯能へ行幸した際の行在所の跡です。総勢190余名の一行の宿泊は、「町」を称して間もない所沢にとっても、大変晴れがましいできごとであったと想像できます。

もうすこしくわしく

『所沢市史 下』48ページ/115ページ/148ページなど
『所沢市史 文化財・植物』202ページ 「明治天皇行在所跡」

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