所沢市消防団のあゆみ
更新日:2026年4月1日
所沢市消防団の概要
消防団は、江戸時代の「いろは48組」の町火消しに端を発していると言われ、明治時代の消防組、戦前から戦後にかけての警防団、消防団令による消防団を経て現在の消防組織法による消防団へとその伝統と愛郷精神が受け継がれています。
所沢市消防団の組織は、地域に密着した活動が行えるよう団本部と適正配置された10の分団で構成され、各分団に消防ポンプ車1台を配備して市内全域を管轄しております。
消防団員は商店主や農家等の自営業、サラリーマンなどの生業を持ちながら災害発生時には、常備消防(消防本部・消防署)と共に市民の生命、生活を守るため、消防活動に従事しております。また、所沢市の「特別職の地方公務員」として、その身分の位置付けがなされており、活動に対する報酬や費用弁償が支給され、公務及び公務外によって生じた身体的損害等について公務災害補償制度及び福祉共済制度により補償がされています。
消防団の仕事は、火災や風水害時の現場活動はもとより、平常時には火災予防広報や防災指導などの活動を行い、自主防災組織を含めた地域における防災の輪の確立に大きな役割を果たしています。平成18年度には、当市ではじめての女性消防団員10名の採用を行いました。さらに、平成19年度にも10名の採用を実施しました。女性消防団員は、単身高齢者宅の防火訪問や応急手当の普及、幼児に対する防火・防災教育など、市民指導に従事しており消防団活動の幅が拡大されました。
所沢市消防団発足までの消防体制
江戸に幕府が開かれると、各地から江戸に向って道路が開かれ、所沢でも鎌倉街道の河原宿から分かれ、南東に進む道ができ交通の要衝として宿場町に発達したが、水利には恵まれず「所沢の火事は土で消す」と言われたように火災が起こっても殆ど水が間に合わず、大火災に何度となく見まわれた。
しかも寛永16年に掘られた大通りの上中下3ヶ所の大井戸以外は非常に深く火災の時は殆ど役に立たず、さらに消防器具として使われた龍吐水もきわめて不完全なものであったため、火災を防ぐ手立てとしては人々の火事に対する厳重なる警戒に頼るほかなく、冬季になると各家々には絶えず火の番が廻った。
- 元禄3年(1690年)三ヶ島堀之内の金仙寺が焼失する。
- 寛政10年(1798年)上宿藤蔵火事、92軒が焼失する。
- 文化15年(1818年)南大風で神明社、権現・薬王寺及び周辺家屋142軒が焼失する。
- 文政10年(1827年)弥五郎火事、実蔵院及び周辺家屋121軒が焼失する。
- 文久10年(1862年)源五右衛門火事、大通北側67戸が焼失する。
(注釈)所沢の歴史と地理・所沢郷土史年表より抜粋
・・・・・・略
殊に先月廿三日大風の夜、火災有りて宿三のニはやけたり。
いまだ、日數もたゝざれば、其混雑思ひやるべし。
近くの村々より木どもはこび來る車、道もさりあへず。
杣の斧もてけずりなせる木、いづれ青葉つきたる也。
いかさまにも田舎の町なれば、材木賣る家もあるべからず。
よしや一ニ軒有たりとも、かゝる廣き燒失なれば、みなみな山より切出たるまゝ也。
・・・・・・略
文化15年の大火
(注釈)竹村立義著「川越松山巡覧図誌」より一部抜粋
- 明治13年(1880年)
3月20日:河原宿(宮本町)より出火、消防組織もなく町民挙げて消火に努めたが、異常乾燥下、水利及び器具不備のため66棟を全焼した。
11月1日:北野の全徳寺全焼。
- 明治14年(1881年)10月22日:町制施行で所沢町となる。
- 明治18年(1885年)3月14日:浦町(有楽町)から出火、折からの強い北西の風に煽られ浦町の一部24棟をはじめ、上仲町、下仲町に延焼し62戸全焼、4戸半焼した。
- 明治20年(1887年)11月:公設所沢消防組織が結成される。組織は、頭取8名、副頭取8名、組員576名で1番組から8番組とされた。
| 所沢消防組 明治20年11月結成 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 1番組 | 町名 上町 | 現町名 元町(西) | 頭取 北田 善兵衛 | 副頭取 斉藤 文次郎 |
| 2番組 | 町名 上仲町 | 現町名 元町(東) | 頭取 倉片 東吾 | 副頭取 小沢 久助 |
| 3番組 | 町名 下仲町 | 現町名 寿町 | 頭取 深井 倉次郎 | 副頭取 秋葉 博蔵 |
| 4番組 | 町名 浦町 | 現町名有楽町 | 頭取 高橋 彌三郎 | 副頭取 小沢 伊三郎 |
| 5番組 | 町名 下町 | 現町名 御幸町 | 頭取 荻野 幸次郎 | 副頭取 山田 勝之助 |
| 6番組 | 町名 河原町 | 現町名 宮本町 | 頭取 平塚 長左衛門 | 副頭取 山田 安五郎 |
| 7番組 | 町名 金山 | 現町名 金山町 | 頭取 斉藤 源左衛門 | 副頭取 鹿島 金蔵 |
| 8番組 | 町名 一部茨原 | 現町名日吉・旭・東町 | 頭取 三上 菊次郎 | 副頭取 三上 善三郎 |
- 明治22年(1889年)4月:市町村制が施行され、所沢町、小手指、富岡、松井、柳瀬、三ヶ島の各村と後の吾妻、山口地区の各組合村ができる。
- 明治27年(1894年)2月:消防組規則が制定され消防組を改組し、一番組より八番組を第一部より第八部と改称、初代頭取に高橋政信氏が就任し、その下に各部毎に部長1名、小頭2名を置き8部編成とした。
- 明治38年(1905年)3月13日:上仲町(元町東)火災、9戸15棟焼失。
- 明治44年(1911年)4月5日:所沢に日本最初の飛行場が開設される。
- 大正2年(1913年)7月30日:林の松林寺焼失。
- 大正7年(1918年)2月14日:日吉町火災、10棟焼失。
- 大正9年(1920年)1月4日:松井村(上安松)火災、7戸15棟焼失。
- 大正11年(1922年)3月:所沢飛行場の火災、官舎と事務所焼失。
・・・・・・略
火は既に官舎の客室から事務所に延燒していた。
航空學校氣球隊でも不時呼集をして、軍隊もいち早く出動、支部備へ附けのガソリンポンプを始め、所澤消防組も出動して消火に努めた結果、同五時官舎と事務室及支部女工室の一部燒いて鎭火した。
・・・・・・中略・・・・・・
損害は約一萬圓の見込み
(注釈)大正11月3月16日付、東京日日新聞抜粋
- 大正12年(1923年)9月1日:関東大震災。山口村での被害は死者1名、全壊が住家1棟、非住家3棟、半壊が非住家37棟であった。
- 昭和9年(1934年)所沢町大旱ばつ。
- 昭和14年(1939年)4月1日:警防団令により、消防組と防空自衛のための防護団を改組統合して警防団となった。
- 昭和15年(1940年)
1月2日:武蔵野線(西武池袋線)列車衝突、所沢駅東方800メートル、死者11名、重軽症者91名。
10月25日、日吉町火災、材木店付近全半焼9戸。 - 昭和16年(1941年)12月8日:太平洋戦争はじまる。
- 昭和18年(1943年)3月14日:隣村の松井村、富岡村、小手指村、山口村、吾妻村を合併、人口33608人、世帯数6296世帯、面積52.4平方キロメートルの所沢町となる。
- 昭和20年(1945年)
2月21日:本町火災、警察署北下8戸9棟焼失。
8月15日:太平洋戦争終わる。
歴代警防団長
- 初代:昭和12年4月から昭和16年3月まで中島英二
- 2代:昭和16年4月から昭和18年3月まで坪川敬之助
- 3代:昭和18年4月から昭和19年3月まで山田力蔵
- 4代:昭和19年4月から昭和21年3月まで糟谷宇平
- 5代:昭和21年4月から昭和22年4月まで関隆之助
(昭和22年4月に消防団と改称したため、同氏は初代消防団長となる。)
所沢市消防団のあゆみ
- 昭和22年(1947年)
4月30日:消防団令施行に伴い警防団は消防団と改称され、初代消防団長に関隆之助氏が就任。
7月1日:消防団員1067名となる。
- 昭和23年(1948年)
3月7日:消防組織法が施行され、官治消防から自治消防へと消防機構の一大改革が行われた。
7月24日:消防法の制定。 - 昭和25年(1950年)
5月1日:小沢太郎氏消防団長に就任。
11月3日:市制施行で所沢市となる。人口52,188人、9,822世帯、面積52.4平方キロメートル
- 昭和28年(1953年)8月22日、倉片謙吉氏消防団長に就任。
- 昭和29年(1954年)2月11日、財団法人日本消防協会より消防団に表彰旗授与。
- 昭和30年(1955年)
4月1日:隣村の三ヶ島村、柳瀬村を合併、人口55485人、世帯数10564世帯、面積71.84平方キロメートルとなり、消防団は10分団編成とし、消防団員1342名、四輪ポンプ自動車7台、三輪ポンプ自動車3台、手曳ガソリンポンプ1台、可搬式動力ポンプ14台、腕用ポンプ29台の勢力となった。
9月17日:所沢市消防本部・消防署発足。
- 昭和31年(1956年)12月1日:消防団の再編成に伴い823名となる。
- 昭和35年(1960年)4月1日:消防団786名となる。
- 昭和40年(1965年)9月15日:消防団長に関根彌氏が就任する。
- 昭和43年(1968年)10月1日:消防団は、786名の団員で組織されていたが、消防団の機械化に伴い少数精鋭とするため、団員定数を改正し団員数303名、分団10ヶ分団、ポンプ自動車10台による新組織とした。
- 昭和48年(1973年)9月15日:井花正治氏、消防団長に就任する。
- 昭和49年(1974年)12月24日:消防団第7分団の車庫及び詰所が竣工した。
- 昭和51年(1976年)10月10日:所沢市消防団条例を制定した。
- 昭和52年(1977年)10月17日:池ノ谷至洋氏、消防団長に就任する。
- 昭和54年(1979年)4月1日:消防団条例を改正し、副団長1名増員、定数304名とした。
- 昭和58年(1983年)12月15日:消防団第10分団の車庫及び詰所が竣工した。
- 昭和60年(1985年)4月1日:池ノ谷至洋消防団長が財団法人埼玉県消防協会副会長に就任する。
- 昭和62年(1987年)
8月3日:旧消防本部庁舎の一部を改装し、消防団第1分団の車庫及び詰所とした。
12月28日:消防団第2分団の車庫及び詰所が竣工した。 - 昭和63年(1988年):4月20日消防団第5分団の車庫及び詰所が竣工した。
- 平成4年(1992年):4月2日消防団長に本橋文夫氏が就任する。
- 平成5年(1993年):3月27日消防団第9分団の車庫及び詰所が竣工した。
- 平成7年(1995年)
3月11日:消防団第8分団の車庫及び詰所が久米地内に移転し竣工した。
3月24日:消防団第7分団車庫が旧山口公民館隣地に移転し竣工、詰所を旧山口公民館に移転した。
- 平成9年(1997年)3月24日:消防団第3分団の車庫及び詰所がくすのき台地内に移転し竣工した。
- 平成11年(1999年)9月26日:消防団員研修(S-KYTリーダー研修会)を実施した。
- 平成12年(2000年)4月2日:消防団長に飯島眞男氏が就任する。
- 平成14年(2002年)4月1日:消防団条例を改正し、副団長1名増員、定数305名とした。
- 平成16年(2004年)
2月1日:消防団第4分団の車庫及び詰所が竣工した。
4月2日:消防団長に関根一彌氏が就任する。
9月24日:消防団第6分団のポンプ自動車を更新した。
- 平成18年(2006年)
4月1日:消防団条例を改正し、団員定数を325名とした。
9月26日:消防団第7分団のポンプ自動車を更新した。
10月1日:女性消防団員10名を採用し、消防団本部に配置した。
10月19日:兵庫県立広域防災センターで開催された「第20回全国消防操法大会」に消防団が埼玉県代表として初出場を果たした。更に、3番員が最優秀賞を獲得する快挙を成し遂げた。
- 平成19年(2007年)
4月1日:関根一彌消防団長が財団法人埼玉県消防協会副会長に就任する。
9月13日:消防団第8分団のポンプ自動車を更新した。
10月1日:女性消防団員10名を採用し、団本部に配置し女性消防団員数20名となる。
- 平成20年(2008年)
9月12日:消防団第9分団のポンプ自動車を更新した。
12月18日:消防団第1分団車庫、詰所が完成した。
- 平成22年(2010年)
4月1日:関根一彌消防団長が財団法人埼玉県消防協会会長に就任した。
5月29日:関根一彌埼玉県消防協会会長が財団法人日本消防協会副会長に就任した。
8月27日:消防団第5分団のポンプ自動車を更新した。
11月21日:活動服を更新し、消防団特別点検で初披露した。
- 平成23年(2011年)
2月24日:所沢市消防団が財団法人日本消防協会から特別表彰「まとい」を授与された。
4月1日:消防団条例を改正し、団員報酬を増額とした。
6月5日:消防団員研修でS-KYT研修を実施した。
8月29日:消防団第2分団のポンプ自動車を更新した。
- 平成24年(2012年)
1月28日:埼玉県が主催した国民保護実動訓練が所沢航空記念公園で実施され、消防本部及び消防団が参加した。
7月24日:「第27回埼玉県消防操法大会」に出場し、出場2大会連続優勝を果たした。
8月31日:消防団第10分団のポンプ自動車を更新した。
- 平成25年(2013年)
4月1日:埼玉西部消防組合発足。所沢市危機管理課が消防団の所管課となる。
- 平成26年(2014年)
3月28日:消防団第2分団車庫、詰所が完成した。
4月1日:消防団長に森田耕一氏が就任した。
6月30日:消防団員に係る退職報償金の支給に関する条例を改正し、退職報償金を増額とした。
8月23日:「第28回埼玉県消防操法大会」に出場し、3位入賞を果たした。
- 平成27年(2015年)
7月22日:団本部旗を更新した。
- 平成28年(2016年)
3月8日:公益財団法人日本消防協会より消防団に表彰旗が授与された。(昭和29年以来、62年ぶり2度目)
- 平成29年(2017年)
4月1日:消防団条例を改正し、団員定数を326名とした。
8月1日:消防団条例を改正し、休団制度を創設した。
9月11日:消防団第1分団のポンプ自動車を更新した。
- 平成30年(2018年)
4月1日:森田耕一消防団長が公益財団法人埼玉県消防協会副会長に就任した。
8月4日:「第30回埼玉県消防操法大会」に出場し、準優勝を果たした。
- 平成31年(2019年)
1月9日:消防団第3分団のポンプ自動車を更新した。
8月26日:消防団第4分団のポンプ自動車を更新した。
- 令和2年(2020年)
9月9日:消防団第6分団のポンプ自動車を更新した。
- 令和3年(2021年)
4月1日:消防団を所管する所沢市危機管理課が「所沢市危機管理室」となる。
4月1日:森田耕一消防団長が公益財団法人埼玉県消防協会会長に就任した。
- 令和4年(2022年)
4月1日:消防団条例を改正し、従来の費用弁償を出動報酬とし増額することで処遇改善を行った。
9月5日:消防団第7分団のポンプ自動車を更新した。
- 令和5年(2023年)
3月13日:消防団第7分団車庫、詰所が完成した。
- 令和6年(2024年)
6月27日:森田耕一埼玉県消防協会会長が財団法人日本消防協会副会長に就任した。
7月27日:「第34回埼玉県消防操法大会」に出場し、優良賞を受賞。
10月19日:消防団第8分団のポンプ自動車を更新した。
歴代消防団長
- 初代:昭和22年7月26日から昭和25年4月26日まで関龍之助
- 2代:昭和25年4月30日から昭和28年7月22日まで小沢太郎
- 3代:昭和28年8月22日から昭和40年8月19日まで倉片謙吉
- 4代:昭和40年9月15日から昭和48年9月14日まで関根彌
- 5代:昭和48年9月15日から昭和52年9月14日まで井花正治
- 6代:昭和52年10月17日から平成4年4月1日まで池ノ谷至洋
- 7代:平成4年4月2日から平成12年4月1日まで本橋文夫
- 8代:平成12年4月2日から平成16年4月1日まで飯島眞男
- 9代:平成16年4月2日から平成26年3月31日まで関根一彌
- 10代:平成26年4月1日から令和8年3月31日まで森田耕一
- 11代:令和8年4月1日から現在まで木下広敬
お問い合わせ
所沢市 危機管理室
住所:〒359-8501 所沢市並木一丁目1番地の1 高層棟4階
電話:04-2998-9399
FAX:04-2998-9042


